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短編小説の朗読

  • 執筆者の写真: 亘 阿久津
    亘 阿久津
  • 3月4日
  • 読了時間: 4分

最近ライブで、自作の短編小説の朗読を取り入れています。イベントタイトルをそのまま小説の題名にして、短い創作ストーリーを朗読しています。今回は2つ紹介します。


★Comfortable

「ね、赤坂に出す店の名前、コンフォータブルでどうかな。前にも言ったじゃない」

マユはいきなり近寄って来て、そう放った。

「あ、忘れてた。そんなこと言ってた?」

「あのね、もう10月でしょ。来年の3月オープンよ。テナントは抑えたけど、これからスタッフ揃えて、メニューやコンセプト決めて、予算の計上して、ギリギリじゃない。内装工事だってあんのよ。もう店名ぐらい決めないと」

「赤坂だからって、そんなに高級そうな名前じゃなくてもいいんじゃない? ホテルじゃあるまいしさ」

「でもね、形態はダイニング居酒屋なのよ。ある程度はハイソな名前じゃないとだめよ。赤坂で赤提灯するわけじゃないんだから」

「アハハ、オレ赤提灯やりたいね、本音言えば。そうだな、上野がいいな」

「あのね、ふざけないで! これ仕事なの! いったいどれだけの金が動くと思ってるの!」

「分かったよ。すまない。冗談だよ。コンフォータブルでいこう。内装はバカみたいにゴシックにして、ロリロリコテコテの。それでさ、迷路みたいな通路作って、奥には秘密の個室がありそうなの作んだ。真っ赤な照明が基調でさ。見栄っ張りほど、こういうところに大金落とすってわけ。これって逆説なんだぜ、コンフォートなのに中身は狂ってらぁ。小便小僧とデカイ水槽置いて。そうだな、着替え室も作るか」

「やっぱあんた天才ね。人間的にはサイテーだけど。話した価値あったわ。それで通す。社長喜ぶわよ。あれ、そういうの好きだから」

  本当はこんなことで天才なんて言われたくない。なんでこんな業界に入ったのか。もともとはまっとうに建築やりたかった。内装設計やっているうちに声かけられて、いつの間にか、飲食店、怪しいアミューズメント、SMクラブ、ラブホ。でも、楽っちゃ楽だ。夜は遅いが昼くらいに起きて。人間関係だってわるくない。

そうだな、コンフォータブルだな。

お気楽コンフォータブル。

要するに、コンフォータブル。

 あぁ、病院や学校を作りたかったわけじゃないだろ。そう考えれば理想じゃないか。

 コンフォータブル、だろ。

 そうだ、オレ ハ コンフォータブル ダ。



★燦燦(さんさん)

 「ねー、この字、何て読むんだろう~」

明治通り沿いの、何だろう、カフェだろうか、違うな、劇場のようだ。店先の看板の2文字を見て、マユはそう言った。

「ばくばく?」

「違うよ、ばくはぜんぜん違う字よー」

早くも携帯電話で調べはじめている。

「燦燦だって。太陽が燦燦と輝くの、燦燦」

「ん、そうなんだね」

そう答えたものの、本心は、はっきり言ってどうでもよかった。マユはいつもそう。何か気になることがあると、関心を抑えることができない。さっきまで、買った服のことを話していた。でも、今度は漢字だ。

 次から次へと、心に浮かんだこと、目にとまったものを話し続ける。だから大切な話は、何もできない。

付き合いはじめて3年、もう限界、と幾度も思ったが、今まで何とかつづいている。

  実は、数か月前がピークだった。こんな感じで2時間や3時間、話し続けて、突然泣き出した。話して、話して、堰を切ったように泣いた。「助けて!」と叫んだときは、「専門医に診てもらおう」とぼくは彼女の肩(かた)をゆすった。「頭がぐちゃぐちゃ!」とわめく彼女を抱きしめた。泣いて、泣いて、声も出なくなるまで泣いたあと、彼女は病院に行くことに同意した。

 結局、心療内科を受診しても、薬をもらっただけで、解決にはならなかった。けれど、それから少し落ち着いたようで、パニックになることはなくなった。自分が病気であることを、ちょっぴり自覚できた様子で、ぼくもまた、彼女を病人として扱うようになった。

 きっともう、燦燦という字を調べたことも忘れてしまっているだろう。話はコロコロと転がり、今は地下鉄なんとか駅の話をしている。永遠につづく話の連鎖、その背後には、彼女の、触れてならない過去がある。

 明治通りを抜けて、早稲田通り、ぼくは「もうちょっと歩いてみよう」と言った。彼女は「うん!」と答えた。彼女の横顔が夕日に照らされていた。




 ちょっと失敗したなってところもあるんですが、そのまま載せました。


 
 
 

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